感動を表現する推敲の仕方
石田郷子  いしだ


 俳句を作ってはみたものの、これでいいのかどうかわからない。自信作を句会に出してみて反応がよくなかったが、どこが悪かったのか見当もつかない……。
 そんな悩みを持つ方は多いようです。
 自作を客観的に見ることはとても難しいのです。けれど、客観的に見て、推敲できなければ、よい句を残してゆくことはできないでしょう。
 このコーナーでは、推敲の参考になるように、出来るだけ一句を分析して、細部まで検討しながら、添削を試みてみます。
 登場する俳句は、私の指導するいくつかの俳句教室で出句されたものです。

 以上まえがき
第60回(最終回)  2011/3/1   


  原 句  ふきのとうまだかなと土に顔寄す
 
 ふきのとうが食卓にも顔を出す季節になりました。漢字だと「蕗の薹」ですが、この句のようにひらがな表記もいいですね。さらに歴史的仮名遣いで「ふきのたう」とすると俳句らしい風情が出ます。長けて花が咲くと「蕗の花」「蕗の姥(うば)」などと詠まれます。
 さて、この句は俳句を作ってまだ二回目の新人の作ですが、少年のような素直さに心惹かれました。数えると十七音ですが、問題は調べです。

  添削例1  ふきのたうまだかな土に顔を寄す

 これで調べはよくなったと思いますが、いかがですか?中七の「まだかな」で切って読むことが出来ます。

  添削例2  ふきのたうまだかな土に顔を寄せ

 こうするとどこか生き生きとした感じが出てきます。たとえば、作者自身ではなくて、子どもの所作をほのぼのとしたまなざしで写生した句と鑑賞することもできます。


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  原 句  我がためにいつか雛を求むらん
 
 自分のお雛様を持ったことのない作者の呟きです。思いは複雑で、作者の経てきた月日に読者は思いを至らせます。ただこの句は、文語ではあっても「私自身のためにいつかお雛様を買おう」とそのまま文章に置きかえられる言葉の並び方で、やや単調な気がしました。この場合は語順をひっくり返す方法でもいいはずですが、

  添削例1  いつか雛を求むらん我がために

としてみると、今度は説明に尽きた感じで、原句のままの方がいいですね。説明といえば、「我がために」の「に」という助詞は理由を強調して説明的な感じがあります。

  添削例2  我がためのいつか雛を求むらん

 助詞を変えてみました。上五でいったん切って読んだとき、ここに余韻が感じられるのではないでしょうか。「いつか」という言葉の位置の不安定さが、私にはむしろ好ましく思われますが、いかがですか。


 


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石田郷子 (いしだ・きょうこ)   

1958年、東京生まれ。山田みづえ主宰「木語」を経て、現在「椋」代表・発行人。句集に『秋の顔』『木の名前』、著書に『名句即訳蕪村』『同芭蕉』など。
俳人協会会員、日本文藝家協会会員
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石田郷子
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