火の歳時記

NO95(最終回) 平成211222




片山由美子

 
  【火の俳句】第9回 暮から新年へ


  蕪村忌や息吹きかけて燠の色           藺草慶子
 
 蕪村が亡くなったのは旧暦十二月二十五日だが、暮の気分が強いことから新暦で忌を修しているようだ。この句は炭火の美しさを描いている。すぐに白い尉(じょう)に包まれてしまう炭火に息を吹きかけて、透き通るような火の色を見ているのである。
 十二月二十五日といえば、いまではまずクリスマスを思う。クリスマスにも火は欠かせない。クリスマスイブの灯火はなんといっても蝋燭である。
 西アジアのアルメニア共和国は独自の暦をもっていて、クリスマスイブは西暦の一月五日であるが、その日、聖地エチアミンの大聖堂には多くの信者が訪れ、蝋燭に聖なる火を分けてもらう。それを家に持ち帰って点し、家族で食卓を囲むのだという。京都・八坂神社の白朮詣(おけらもうで)とよく似ている。
 八坂神社では十二月二十八日に鑚火式(さんかしき)という儀式を行い、檜をこすり合わせて浄火を鑚(き)り出し本殿内の灯籠に保存しておく。そして大晦日の午後七時に始まる除夜祭の後、浄火にキク科の多年草である白朮(びゃくじゅつ)を加えた白朮火(おけらび)を境内二か所の「をけら灯籠」に移す。参詣人はその火を吉兆縄に移し、消えないようにぐるぐる回しながら家まで持ち帰るのである。これを神棚の灯明とし、また雑煮を作る火種にも用いる。白朮祭はもともとは元日の午前五時から催されていた。削り掛け(削り屑)を丸めたものを折敷に載せて浄火を移し、それを境内に放り投げる「削掛神事」が行われ、その火を参詣人に分けたので新年の行事となっている。しかし、しだいに参詣人がふえて込み合うようになったため、除夜から火を分けるようになったという。

  白朮火のほのかに顔の見られけり         矢島渚男
  をけら火の大渦小渦ゆきし道           鷹羽狩行
  をけら火にとびつく雪となりにけり        風間八桂
  くらがりに火縄売る子の声幼な          大橋越央子
  鳥居出てにはかに暗し火縄振る          日野草城

 ほかの社寺にも年越し詣の人々が訪れる。正月に頂いたお札や縁起物を納める光景は年の夜ならではである。それを浄めるための火が焚かれ、闇のなかで炎を上げ続ける。火をもって一年は締めくくられるのである。

  大香炉火を噴きにけり札納            山口青邨





 (c)yumiko katayama

今回をもちまして「火の歳時記」は終了いたします。長い間ご閲読ありがとうございました。
飯塚書店


  【片山由美子】

昭和27年千葉県生まれ。「狩」同人。平成2年第5回俳句研究賞受賞。
句集に『天弓』、『風待月』、『季語別 片山由美子句集』ほか。
評論集に『定本現代俳句女流百人』、『俳句を読むということ』(俳人協会評論賞受賞)など。ほかに対談集『俳句の生まれる場所』、エッセイ集『鳥のように 風のように』などがある。


片山由美子
Back Number
   87 88 89 90 91 92 93 94
ご感想をお寄せ下さい→
HOME