『子供の遊び歳時記』

                 榎本好宏


2013/06/10
子供

  第三十五回
 怖かった「コックリさん」

 小学校の低学年、それも終戦直後だったように覚えているが、「コックリさん」なる遊びがあった。その遊びが町中にはやっていたのか、私の住んでいた集落だけのものだったのかも覚束ない。ただ、幼かった私には、霊的なものを感じて怖かったから、とても遊びなどとは言えない行為だった。
 「コックリさん」の主役は、近所に住むHさんの娘で、今思うと中学生の年代のころだった。近所に評判が立っていたから、多少のぞきたい思いを持っていた私に、ある日声が掛かった。「コックリさんしない?」である。
 友人を一人誘った。その遊びをする場所は、我が家近くにある寺の裏道で、その脇にはうっそうと続く杉林がある。この杉林へは、焚き付けにする杉落ち葉を拾うため、空き炭俵を持って、私もよく入る杉山である。「コックリさん」をしてくれる場所のすぐ傍に、当時は塞いであったが、我が家の防空(ごう)があって、空襲警報が出るとすぐ、一家で駆け込んだ。そのすぐ傍なのである。
 もう六十年以上も前のことだから、あらかたは忘れているが、この少女は、どこの家にもある盆と、上から三分の一ほどのところが(ひも)で結んである(はし)と覚しき物を取り出した。その三本の箸を、さながらカメラの三脚のように、三方に広げて地面に敷いた紙の上に置いた。何をするのだろうと(いぶか)る私達を前に、少女は持参した盆を三脚の上に伏せて乗せた。そして言った。「願いごとをいくつか言ってごらん。オレが占ってあげる」と。少女が「オレ」もおかしいが、この町では、少女が皆、「オレ」という。
 恐る恐る願いごとを言うと、少女はやおら盆の上に手を乗せろ、とのたまう。手でなく手の指だったかも知れない。すると少女は、こちらには聞こえないが、何か(つぶや)き始めた。目をつむってである。ややもすると、手を乗せていた盆が揺れ始めた(と思った)。次いで三脚の脚の一本が動いた(と、これも思った)。私は少々怖くなった。隣の友人も恐ろしそうな形相(ぎょうそう)をしている。
 やおら少女は、私達の出した願いごとへの、占いの結果を口にする。願いごとも、その結果も覚えてはいないが、私の出したそれの一つだけが、よい結果になることは覚えていた。以後、小さな集落なのに、この少女の姿を見掛けることはなくなった。
 大人になってからのことだが、例えば新宿駅の西口のデパート壁際に、夕方ともなると手相占い師の卓が並ぶ。卓上に灯をともした占い師達は、前を通る人達に、小声で「(手相を)拝見します」と声を掛ける。こんな折、私は子供のころの「コックリさん」の場面が、不思議とほうふつしてくる。
 この稿を書くに際して、文献をあさり始めるが、この遊びについての定説には出遭えない。『世界大百科事典』(平凡社)に至っては、「社会が不安定になると突発的に流行する傾向がある」とし、その例として、日露戦争と、第一次、第二次世界大戦の前後を挙げている。私の出遭いで言えば、第二次世界大戦の直後であり、この物言いと符節が合う。
 私の机上の救い主『日本民俗大辞典』(吉川弘文館)にも、この「コックリさん」の一項はある。占い法の一つで狐狗狸さんと書くとあり、キツネとイヌとタヌキから成る当て字を見ると、なるほどだまされやすそうでもある。遊び方も、三人で行い、三本の棒を三脚状に束ねたり、その上に盆や飯櫃(めしびつ)のふたを乗せる辺り、私の経験通りである。あの少女が呟いたのがそうだろうか、「コックリさん、コックリさん、おいでください」と言うのだともある。私の手を乗せた盆や箸が動いた(と思った)のは、神が降臨したことになり、右に動けば「はい」であり、左に動けば「いいえ」の答えになる、とも書いてある。
 この不思議な遊びは、どこから伝わって、いつごろからあるのだろうとも思う。これも文献からの請け売りだが、起源は定説化されておらず、明治二十三年(一八九〇)ごろから大正にかけて流行したとあるから、先の引例のように日露戦争のころが、最初の流行期であったようだ。
 もう一つ面白い話が残っている。明治十九年というから、まさにこの遊びが日本で始まったころだが、小説家の坪内逍遥と斎藤緑雨が芸妓(げいぎ)を交えた宴席で、コックリさんなる遊びをしている。盆の上に無理矢理手を置かされた緑雨は、やがて顔面が蒼白になっていく。一方の見ていた逍遥は笑っているだけだった。
 この話の載った『催眠術の日本近代』(青弓社)によると、逍遥は、それより五年ほど前の明治十四年ころに、西洋の術(遊び)でもある卓上転(テーブル・ターニング)や卓上談(テーブル・トーキング)を既に知っていたというから、緑雨は宴席で諮(はか)られたのであろう。





(c)yoshihiro enomoto



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